アスプルンドの建築と言葉   

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私が心惹かれたアスプルンドの「森の墓地」。最終的な竣工が1940年、ストックホルムにあるそうです。話題が飛びますが、小山さんも、日欧舞台芸術交流会の公演で、ストックホルムに行かれてるんですよね~、たしか。行ってみたいですね、北欧。

●展覧会場で配布された出品リストの解説文から引用。
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「森の墓地」

アスプルンドとレヴェレンツ(リリー注:最初は共同で、途中からアスプルンド1人で設計した、と会場に書いてあったような記憶)により、25年間を超える歳月をかけて完成した墓地と葬祭用施設群が「森の墓地」である。当初はスウェーデン最初の火葬場として計画された。アスプルンド設計による「森の火葬場」がその主要施設であり、大礼拝堂、2つの小礼拝堂、火葬場、周辺のランドスケープなどからなる。・・・(以下略)
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●会場で「森の墓地」の写真の横に添えられていた、解説文から引用。
(その場で、全文を写してきたという。写真は撮れないですしね^^。)
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「森の火葬場~ランドスケープの意味~」

<森の火葬場>の風景にアスプルンドはもっとも重要な意図を込めた。注目すべきは、1932年にアスプルンドが描いた1本のオベリスク(記念柱)である。添えられた銘盤には、「今日は私、明日はあなた」とある。(略)設計者の意図は、死者から墓地を訪れる生者に向けられた強烈なことばとして投げかけられている。

彼は森の礼拝堂の門にすでにこう記していた。「今日はあなた。明日は私」。この門を設計していた時期にあたる1920年5月にアスプルンド夫妻は最初の息子を幼くして病気で亡くしている。生涯を通して墓地の仕事が与えられたアスプルンドにとって、死生観を深め、それを建築表現に翻訳する時間は十分に用意されていた。・・・(略)・・・アスプルンドは丘の斜面を昇る道の正面に古代神殿風建築を描いた。火葬場の建物をスタディする過程で、建物は徐々にこの「十字架の道」から後ろに下げられ、ついには道からほとんど見えない位置に置かれる。こうして背後の森へ向かってまっすぐに延びる道が生み出された。<森の火葬場>のコンセプトが完成した瞬間である。・・・(以下略)
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「森の墓地」は、火葬場、礼拝堂、十字架などがなだらかな丘陵地に立つ、一体的な景観で、特に雪の季節の写真は、私の心を静かに落ちつかせてくれた。この時まだ、HPを本当に再開するかどうか決めかねていたけれど、それはさほど大きな問題ではないことがよくわかったのである。日本の火葬場や墓地のイメージより、もっと明るくて、広々していて、清々しい景観。写真を見ながら、「罪と罰」の宮下さんのあの舞台装置を思い出して、「ああ、何か通じるものがあるなあ」と思ったけれども、しかし、アスプルンドの建築は、はっきりと父性的で、厳しくも優しい静けさというものを感じさせるものだった。

「今日は私、明日はあなた」。
人間だけが持ち得る、静かな美しい実感だ。人と人は、(時間軸の)縦にも横にも、現に今生きている空間を越えてつながっている。

私のああでもないこうでもないという悩みなどは、別にどうということもないわなと思いが定まったのだった。
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by lily63 | 2006-11-15 08:52 | 展覧会 | Comments(0)

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