4/28村山知義展   

【展覧会感想】
●村山知義展「すべての僕が沸騰する―村山知義の宇宙―」
4月28日(土)京都国立近代美術館

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村山知義ってどういう人? え~と、なんかプロレタリア演劇の偉い人? とか、たしか1920~30年頃にいろんな美術や建築やいろんな活動してた人? とか、つまり何も知らんのに、のこのこ出かけて行きました。

この人の特に戦前の活動は、ジャンル分けの枠におさまらないもので、知識なしに観てただただ圧倒され、「へえ~何だかよくわからないけど、昔の人はすごいな~!」という小学生のような、恥ずかしい感想しか出てこなかった。本当に済みません!

あらゆるジャンルの仕事が集められており、充実した展示。

1920年代の活動がとにかくすごい。才能って、こういう人のことを言うのだろう。吉行あぐり美容室の未来的な感覚、絵本挿絵の洒落たかわいらしさ、ちょっと頭おかしい人にも見えそうな前衛的なダンス、この時代のポスターやチラシの文字フォントや色使いのおもしろさ。俳優座関連では、「千田是也君を送る会」(ドイツ留学に当たって送る会ということか、詳しい解説がなかったのでその辺不明)というののプログラムが出ていたのが目にとまった。

土方与志に送った手紙も展示されていた。「自分はベルリン留学中にカイザーもそのほかの芝居もいろいろたくさん観てきた。今度あなたがなさる舞台(『朝から夜中まで』、ゲオルク・カイザー作、土方与志演出、築地小劇場。この模型も展示されていた。)の美術をぜひこの自分にやらせてほしい。でももし万一採用してくれない場合は、僕がこうしてあなたに手紙を書いて頼んだことは○○君にも●●君にも内緒にしといてほしい」(←私の記憶による適当な要約なので、正確ではありません)などと書かれており、自分の才能を恃む若者らしさと、ぼんぼんな、ちょっと甘えた文体がおもしろかった。

「すべての僕が沸騰する」は、展覧会チラシによると、「すべての僕の情熱と思索と小唄と哲学と絶望と病気とは表現を求めようとして具象されようとして沸騰する」(村山知義「過ぎゆく表現派」『中央美術』1925年4月)から。

ちょうど今タイムリーに、演劇雑誌『テアトロ』4月号(3月発売号)から井上理恵氏「村山知義の演劇史」という連載が始まっています(4月号、5月号まで手元に持ってるのですが、その先いつまでの連載か不明)。

以下、『テアトロ』4月号、井上理恵氏「村山知義の演劇史」(1)から一部引用。
「……(前略)……日本演劇史上に村山知義(一九〇一~一九七七)は、非常にセンセーショナルな存在として登場した。有名な築地小劇場の「朝から夜中まで」(カイザー作・北村喜八訳・土方与志演出・千田是也主演、一九二四年一二月)の構成主義的装置がそれだ。
『全七場が、一つの舞台に、恰も巨船の断面のやうに構成されてゐて、ある場ではその右端を、或る場ではその上層を、また下部を使用するめずらしい舞台を観せる。この舞台装置だけで一つの呼び物になれる。』(都新聞一九二四年一二月一四日)と称賛されたデヴューの華々しさは類がない。……(後略)……」

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by lily63 | 2012-05-19 20:43 | 展覧会 | Comments(0)

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